ビーグレン物語 第一章

ケラー博士との出会い

ブライアン・ケラー博士と初めて会ったのは、ミレニアムの2000年、初夏の日差しの眩しい5月の終わり頃でした。

その頃私は、化粧品とは関係のないバイオ関係の事業をしながら、ハリウッド女優のような真っ白な歯になる歯磨き粉を開発して販売する計画を練っていました。歯を真っ白くする成分というのは、濃度が上がるほどホワイトニング効果が高まるのですが、同時に口の粘膜や歯ぐきに痛いほどの刺激があって、なかなか市販品にしにくいという問題を持っていました。

私がその開発を依頼したビバリーヒルズのある博士が、ドラッグデリバリーシステム(薬剤の効果を的確なもの、もしくは向上させる技術)の第一人者がサンフランシスコの郊外にいて、その人の技術を使えば刺激を抑えながら歯を白くする歯磨き粉が作れるかもしれないと話してくれました。それがケラー博士を知るきっかけでした。

その情報を聞いた私は、すぐにサンフランシスコまでのチケットの手配をして、ケラー博士のラボに飛ぶことにしました。そして、3日後にケラー博士と初対面することになったのです。

会って最初に驚いたのは、ケラー博士は身長が2メートル近くあり、まるでプロバスケットボールの選手のような人だったことです。白衣を着た気難しそうな(ちょっと病弱そうな)初老の博士を想像していた私は見事に裏切られました。当時、ケラー博士は長年勤めたカリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)の教授を辞め、自分の会社を起こしてドラッグデリバリーシステムを応用した薬剤の開発に専念していました。

ブライアン・ケラー博士

自分の開発したテクノロジーを世の中のために役立てたい、自分の理想と夢を追い求めて独立はしたものの、薬の開発には日本円でいうとなん十億円という費用が必要で、思うような展開ができずに苦労していました。私が初めて訪問した時も、ベンチャーキャピタルなどの投資会社と資金の調達の話をしたあとだったようで、なかなか資金が集まらないと嘆いていたのを覚えています。

さっそく、彼に私が開発したい製品の相談をしたところ、アイデアは素晴らしいが自分のテクノロジーはまだ口の中に使うものには、FDA(アメリカ食品医薬品局)の認可が下りていないのですぐには使えないと言われ、あっけなく出張が徒労に終わったことを認識しました。

しかし、私達は初対面だったのにも関わらず、すっかり意気投合してお互いの夢を語り合い、チャンスがあれば是非一緒にビジネスをしましょう、そう約束をしました。最後に固い握手をして、私は最終便でロサンゼルスに戻りました。

美容液が取り持った再会

それから半年の月日が流れ、私は本業のバイオの事業に専念していたある日、ケラー博士からの電話が鳴りました。

「アキラ、久しぶり。今日は僕から相談があるんだ。アキラは化粧品会社と取引はある? 実は、ドラッグデリバリーシステムを使った化粧品を作ってみたら、ワイフやラボの女性スタッフにすごい評判がよくって、それを商品化してみようと思いついたんだ」

その話を聞いて、なぜ化粧品?といぶかしく思った私でしたが、「化粧品会社ね、わかった。何件か心当たりがあるけど、まずは詳しい話を聞かせてくれる?」そう言って、次回会う約束をして電話を切りました。

2日後に彼のオフィスで再会した時、彼はおもむろに茶色の小ビンを僕に渡し、試してくれというのです。子供の頃に飲んだ風邪の薬が入っていそうなその茶色い小ビンには、透明でちょっとトロッとした液が入っていました。それを肌にのせてみるとすぐにポッと暖かく感じたかと思ったら、あっという間に肌に吸収してしまいました。

ふ〜ん、なかなかいいね、とわかったような顔をして感想を言ってみましたが、それまで化粧品と呼べるものを肌につけたことが無かった私には、それがいいのか悪いのか、判断しようもありません。そんな私に、ケラー博士は遠浅の海のような青い目で、これを作ったきっかけを話してくれました。

試作品

「ひと月ほど前に、ワイフのドレッサーにあるたくさんの化粧品にちょっと興味を持って、彼女にどれが一番お気に入りなのか聞いてみたんだよ。そうしたら、この美容液は新しく発売されたばかりで、先週ニーマンマーカスで美容部員さんにすすめられて買ったのだと見せてくれたんだ。翌日、それをそっと借りて、ラボで成分を分析してみたんだ」

その話をする彼の顔はビジネスマンというよりも、新しい製品の開発にチャレンジする研究者そのものでした。

実は大学の研究室にいるときも、実験的に化粧品を作ったことがあるから化粧品を作ること自体それほど難しいことではなかったんだけど、僕の専門のドラッグデリバリーシステムを使った化粧品を作るのは初めてだったんだ」にわかに話が面白くなってきて、私は話に吸い込まれていきました。

試作品を作ったその晩、ワイフを驚かせようと思って何も言わずに渡したんだよ。これと同じラボにあった茶色の瓶に入れた状態でね。そうしたら、彼女怪訝そうな顔で、“何これ、もしかして美容液? これ顔につけても本当に大丈夫?”って聞くんだよ。もちろん大丈夫、だから使ってみてってお願いして、頼み込んでやっと使ってもらったんだ。つけ心地がどうの、匂いがどうのと文句を言っていた彼女が、翌朝僕を起こしてなんて言ったと思う?」

話にすっかり入り込んでしまっていた私は、その答えを待ちきれない気持ちでした。

鏡を見ながら笑顔を抑えても抑えきれないといった表情をして、ワイフがね、“これすっごくいいみたい。お肌がツルツルで柔らかくなっている”って言うんだよ。今までこんな早く効果がでた美容液はなかったって。その3日後ぐらいかな、ワイフが嬉しそうに、“お友達に美容外科でプラセンタかヒアルロン酸注射うったでしょって聞かれちゃった”って。そのあとラボの女性スタッフにも使ってもらったけど同じように喜んでくれて、とにかくこんなに効果が早い化粧品はないって」

もう、そこまで聞いた私は、彼の話を遮るようにして言っていました。

その美容液を僕に任せてくれないかな? 必ずたくさん売ってみせるから。僕を信じて欲しい」

実は、この時点で化粧品会社の知り合いは一件もなかったのです。

ドラッグデリバリーシステム × 化粧品 = 薬のような効果のある化粧品

ケラー博士の話を聞いている短い時間のうちに、私は「ドラッグデリバリーシステム×化粧品=薬のような効果のある化粧品」という方程式が思い浮かびました。化粧品のことは知らなくても、これは大きなビジネスチャンスだと直感したのです。

化粧品業界の過去20年を振り返ってみると、日米で規制緩和の恩恵で、かつて医薬品成分であったものが、化粧品にも配合できるようになりました。また、肌のメカニズムが徐々に解明されていったことで、既成の成分の用途の範囲も広がりました。しかし、その成分を肌の必要とする部分まで届けるテクノロジー、言い換えれば表皮や真皮といった肌の奥まで届ける浸透テクノロジーは20年前のままです。

化粧品の定義は、「体を清潔にしたり、見た目を美しくしたりする目的で、皮膚等に塗布等するもので、作用の緩和なものをいう」とされていますから、浸透テクノロジーなど使ってはならないとお役所は言いそうです。しかし現実には、シミやくすみ、シワ、はり、たるみといった肌の悩みを改善するためには、美肌成分を表皮層や真皮層といった肌の奥に働きかけなければなりません。

そのためには、皮膚を守るバリア、角質層を通り抜ける必要があります。いくら美容効果の高い成分でも、目的とする部分へ届けることができず、お肌の表面に乗っているだけでは、意味はありません。

前章でケラー博士が奥さまのために作った美容液は、市販の美容液と同じ成分を使用しました。しかし、唯一違っていたのは肌の奥まで成分が届くように、彼のドラッグデリバリーシステム=浸透テクノロジーを使ったことなのです。

ドラッグデリバリーシステム×化粧品=薬のような効果のある化粧品

もうこの方程式が頭から離れず、これをビジネスにしたいという思いが秒単位で大きくなっていくのを抑えることができなくなっていました。

ケラー博士の開発したQuSomeという浸透テクノロジー

さて、それではケラー博士が開発したドラッグデリバリーシステムとはどんなテクノロジーなのかを、簡単に説明しましょう。

ケラー博士は、カリフォルニア大学のサンフランシスコ校でリポソームというドラッグデリバリーシステムの第一人者の博士の下で長年、このリポソームを用いた抗がん剤や遺伝子治療薬の研究をしていました。リポソームとは、薬剤が入ったリン脂質のナノカプセルのことで、例えば抗癌剤をこのナノカプセル化して患者に注射すると、リポソームに包まれた抗癌剤は、身体の他の部位にある健康な組織に中毒作用を引き起こすことなく癌腫瘍に到達し、そこではじめて薬剤がナノカプセルから放出され効果を発揮するのです。

また、リポソームは水にしか溶けない医薬品を運ぶこともできます。さらには、抗癌剤同様、抗生物質やエイズ治療薬を含む抗ウィルス薬の運搬にも使用されています。この医療に使われるドラッグデリバリーシステムを化粧品に応用すれば、美肌効果が格段に上がることは容易に想像ができます。

コラーゲン、ヒアルロン酸、ビタミンC、ペプチド。これはすべて水にしか解けない美容成分です。皮脂や細胞間脂質といった「脂」に覆われた肌にこれらの水溶性の成分を浸透させるには、まさにこのテクノロジーがうってつけでした。実際にクリスチャンディオールが、1987年からリポソームを使った化粧品を販売していました。

しかし、リポソームは現在もなお、化粧品にあまり使われていません。そこには理由があるのです。

この3つがリポソームが化粧品業界に普及しなかった理由と考えられます。現在市場でリポソームをうたった製品をみかけますが、大半は一部の成分だけをリポソーム化しただけとか、電子顕微鏡で見るとほとんどナノカプセルが見当たらないというのが実情です。リポソームは単なる宣伝文句としてしか使われていないのです。

ケラー博士は研究を続ける中で、このリポソームの欠点を全て解決したテクノロジーを開発することに成功しました。そして「Quick Some」という意味から、「QuSome(キューソーム)」と名前を付けました。

QuSomeは、「(1)安定性に優れている」「(2)製造工程がシンプルで大規模生産が可能」「(3)製造コストも格段に安い」ということを実現し、これまでリポソームの化粧品での利用の際の問題をクリアしました。しかもリポソーム以上に美容成分を肌の奥まで運ぶ能力が優れて、肌の刺激(炎症)を大幅に軽減する能力があります。

ビバリーグレンラボラトリーズの設立

この素晴らしい浸透テクノロジー、QuSomeを使った化粧品であれば、どこの化粧品会社もすぐに飛びつくだろうと思っていました。さっそく大手の化粧品会社を訪問したのですが、どこも効果を証明するデータを出せというばかりで、一向に提携をするのかしないのか結論を出しませんでした。

大企業の理屈は、要求する情報をすべて満たさなければ、検討することすらできないというものでした。しかし、そのためにどれだけの時間と費用が必要なのか。第一、科学というのは解明されていない事だらけです。このQuSomeですら、偶然の発見から生まれたとケラー博士は堂々と言っています。

ひとつ言えることは、QuSomeはリポソームよりもより多くの美肌成分を肌の奥に届けられたという事実と、肌への刺激を大幅に軽減できたと言う事実です。それがなぜかという証明をすることに時間と費用を費やすことよりも、それをいち早く製品に反映して、お客様に喜んでいただくことの方が重要であると私は思っていました。

業を煮やした私は、このテクノロジーの素晴らしさに共感してくれる会社がないのなら、自分たちで直接販売しようと思いました。博士と共同でネット販売のサイトを立ち上げることにしたのです。これがビバリーグレンラボラトリーズ、“ビーグレン”の始まりです。

Cセラム

ビバリーグレンという名前は、最初にケラー博士を紹介してくれた博士の研究所が、ビバリーヒルズのビバリーグレンというストリートにあったことに由来します。最初のオフィスはそこの一部屋をお借りして始まったことから、ビバリーグレンラボラトリーズとなったのです。ただ、このビバリー (Beverly・ベヴァリィ)が日本人の私には発音しにくく、お恥ずかしい話ですが、電話で自分の会社名をいうと、相手によく聞き返されてしまったのです。そこで、ブランド名はビバリーの頭文字だけをとって、「b.glen(ビーグレン)」にしました。

ビーグレンの最初の商品は、ケラー博士が奥さまのために作ったビタミンC美容液を改良したもので、今でも看板商品の「Cセラム」として多くのお客様にご愛用いただいています(当時は「White C Serum」という名前でした)。一品だけでは寂しいので、ビタミンCの美肌効果を更に高める保湿製品も欲しいということになり、コラーゲンとヒアルロン酸をたっぷり配合したゲルクリームを作りました。これが今も大人気の「モイスチャライジングゲル」です(当時は「Marine Collagen Gel」という名前でした)。

ビバリーヒルズから1時間以上も離れたところに住んでいた私は、ビバリーヒルズにあるオフィスは週に一度ぐらい郵便物を取りに行くぐらいで、ほとんどは自宅で仕事をしていました。開発を担当するケラー博士は、サンフランシスコの自分のラボで仕事をしていましたので、お互いの連絡はもっぱら電話とメールでした。Skype(インターネットを利用した電話サービス)などの便利なツールが無かった当時は、顔を合わせるのは一ヶ月に数日だけでした。

倒産の危機、資金が底をつく

ビーグレンが始まった当初は、ビバリーヒルズ近辺のお金持ちの女性たちの間で徐々に口コミで広がっていったものの、大きな売り上げにはつながりませんでした。当時は資金も十分にありません。ビーグレンのWebサイトは、HTML(Webサイトを作るための言語)の何たるかも知らない私と副社長が教本を見ながら、見よう見まねで作ったとてもシンプルなものでした。

しかも商品は、「Cセラム」と「モイスチャライジングゲル」の2つしかありません。その上、お客さまからのお肌相談は、化粧品の経験などない副社長の江口と経理事務の女性が電話で答えしていました。今思い出すと吹き出してしまいそうになりますが、典型的な九州男児の副社長が、大まじめに長年お肌のお手入れをしてきた女性を相手にスキンケア講義をしていたのです。

こんな状態が続くうちに当初準備していた資金は、次の月の家賃とお給料を払ったらゼロになってしまうところまできていました。倒産が目の前まで迫っていたのです。しかし不思議なもので、私にはこれでThe Endとはどうしても思えませんでした。

そんな時に、急に製品の注文が殺到し始めたのです。最初は何が起きたのかわかりませんでした。コンピューター上に次々に注文が入っていくのです。誰かの悪いいたずらか、コンピューターの誤動作かと思いました。 しばらくして、テキサス州に住むある女性がインターネットの口コミ掲示板(今のFaceBookのようなWebサイト)に書きこんでくれたことがきっかけとわかりました。ビーグレンの素晴らしい効果を、ビーグレンがきっかけで破綻しかけていた婚約者と仲直りしたエピソードを交えて書いてくれていたのです。

その影響は本当に大きなものでした。そしてまた、インターネットの伝達力のすごさを体感した瞬間でもありました。クレジットカードでの支払いは半月後に入金され、それ以降のオフィスの家賃と給料も遅れることなく払うことができるようになりました。今でもそのお客様は「Cセラム」を使い続けてくださっています。まだお会いしたことがありませんが、いつかお礼をしにテキサスまで訪問したいと思っています。

その後、美白クリーム(現在の「ホワイトクリーム」)とアンチエイジングクリーム(現在の「エイジリンクルクリーム」)がラインナップに加わりました。売り上げも順調に伸び、一年後にはスタッフも6人になりました。

ハンティントンビーチへ移転、そして日本進出

2006年になるとビバリーグレンラボラトリーズのスタッフもさらに増えたため、手狭になったビバリーヒルズを離れ、私が住んでいるハンティントンビーチにオフィスを移転しました。

ハンティントンビーチ

ハンティントンビーチは、ビーチという名前の通り、世界中のサーファーが集まる海岸とパームツリーの海岸通りで有名な街です。ハンティントンビーチはビバリーヒルズとはまた違った趣があり、人々は海沿いをジョギングしたり、自転車に乗ったり、サーフィンをしたりと、自分のスタイルで楽しみながら健康的な生活をしています。また、運動のみならず栄養や食材の質へのこだわりをもっているようで、普通のスーパーマーケットよりも割高なオーガニック食品のマーケットの方が人気があるのが特徴です。

この頃になると、現在の製品ラインナップがほぼ揃い、いよいよ日本への進出を計画するようになりました。といっても、オンラインビジネスの会社です。アメリカのハンティントンビーチの本社に社員が全員いながら、オペレーションの大半を行えます。

日本に進出するうえで一番重要な準備と言えば、当初は日本人向けに製品のフォーミュレーション(処方)を作り替えることでした。それまでアメリカ人(アメリカに住む日本人も含めて)を対象にしてきましたが、日本人をターゲットにするためには、日本人の肌に合った製品を作る必要がありました。ケラー博士と私は日本で販売を開始する前に何度も日本に足を運び、日本人女性が好む手触り、香り、容器などを研究しました。

ステレオタイプになりますが、欧米人よりも日本人女性の方が敏感な肌の人(敏感肌と思い込んでいる人)が多く、うるさい日本人にあったテイストに変えるのに苦労をしました。出来上がったフォーミュラは、日本人を対象にしたアレルギーテストをして、敏感と言われる日本人の肌にもトラブルが起きないかの確認もしました。

そして、2007年10月、いよいよ日本に向けての販売が始まったのです。

カスタマーサービスをビーグレンの中心に

日本に向けて本格的に販売を始めるまでは、ビバリーグレンラボラトリーズのスタッフは“売る”ことに専念していて、カスタマーサービスは外部の専門会社に委託していました。しかし、あるビジネスセミナーに出席した時に、同じ化粧品の通販をしている会社の社長さんから、「カスタマーサービスはお客様の生の声を直接聞ける貴重なチャンス。外部委託したらもったいない。お金が余分にかかってでも社内でやる価値がある」というお話を伺いました。目から鱗がおちるとはまさにこの事でした。すぐにカスタマーサービスをアメリカの本社で直接行うように方針を変更しました。

アメリカ本社から日本に向けてサービスを行うことは、確かにサービスの品質を格段に向上させることができます。しかしその反面、日本時間に合わせるとカリフォルニア時間の夕方の5時に始まって、夜中の2時までの営業となり、社員にはとてもきつい負担を強いることになります。この深夜の時間帯で、しかも美容経験の豊富な日本人女性によるサービスが実現するのか当初は不安でした。

しかし、嬉しいことに募集を始めてみるととてもたくさんの応募があり、選ぶのに本当に困るほどでした。よく人からこの不況なのに業績が伸びて素晴らしいですね、とお誉めいただくことがあります。実は不況だからこそ、普通なら大企業で働くような優秀な人材をたくさん採用することができ、その人たちがビーグレンの成長のエネルギーになってくれているのです。

カスタマーサービス

ビーグレンのカスタマーサービススタッフは、全員30代以上の日本人女性ばかり。カリフォルニア州公認のエステティシャンの免許を持っている人、マッサージセラピストの免許を持っている人、メイクアップアーティストとしてハリウッドのメイクをしてきた人、さらにアップルコンピューターで長年カスタマーサービスを経験した人も入社してくれました。美容の経験だけでなく、様々な人生経験、主婦、母親としての経験を持った人間的に素晴らしい人が、様々な個性を携えて集まったビーグレンのカスタマーサービスは、まさにビーグレンの宝です。

本社にカスタマーサービスを移転してから2年が経過すると、アメリカにいながら日本を始め世界中のお客様からのご注文を受け、お肌のご相談にも懇切丁寧に行える体制が整ってきました。カスタマーサービスを会社の中心に置くようになってから、お客様の喜んでいただくこと、そしてその喜びの輪をひろげていくことが、スタッフの喜びややる気のもとになり、自然とビーグレンのミッションになったのです。

カスタマーサービスのマネージャー井藤は、常々スタッフに話しています。

「まずはお客様の悩みをしっかりと受け止めてください。そしてお客様が納得いただくまでいくら時間をかけても構わない、もしも怒ってお電話をかけてきてくださったお客様がいたら、必ず笑顔で電話を切っていただけるように丁寧に、丁寧に対応してください」

まさに、これがビーグレンのカスタマーサービス魂です。

EXポリリン酸の生みの親、柴肇一博士との出会い

ビーグレンのテクノロジーを語る上で、欠かすことのできない柴博士との出会いのお話をしておかなければなりません。

ビーグレンの日本での事業が軌道に乗ってきた2008年の秋、一人の科学者からの問い合わせがありました。柴肇一博士です。彼はノーベル賞化学者の故コーンバーグ博士のもとで研究を積み、彼の意思を引き継いでポリリン酸という成分を世に出した人です。

ポリリン酸は、もともと全ての生物が持っているものですが、どういった働きをするのかが解明されていませんでした。傷口につけると傷が早く治ったりとか、バイオ細胞の中に入れると、細胞が早く増えたりとか。数々のそのような現象から、“再生”と言う働きが彼によって解明されました。

柴博士は、このすばらしポテンシャルを持った成分を、肌や骨の細胞の再生に生かそうと考えていたのですが、水溶性のポリリン酸はどうしても浸透しにくく、本来の効果を発揮することができないという悩みをもっていました。人づてにケラー博士の浸透テクノロジーの存在を知った柴博士が、私に問い合わせをしてきてくださったのはそういった理由からでした。ポリリン酸のポテンシャルに共感をした私は、すぐに柴博士をアメリカに招聘し、ケラー博士とのミーティングをセッティングしました。

ブライアン・ケラー博士と柴肇一博士

最初のミーティングから、お互いのテクノロジーの素晴らしさに意気投合したケラー博士は、ポリリン酸に浸透テクノロジーを施して浸透を高めるお手伝いをすることを約束しました。そして完成した新しい成分が、「EXポリリン酸」となったのです。1年後には、お互いのテクノロジーのクロスライセンス契約を結ぶことになり、名実共にケラー博士と柴博士はパートナーになりました。

EXポリリン酸は、肌細胞、特に真皮層に存在するFGF(繊維芽細胞増殖因子)の働きを助ける効果があります。FGFとEXポリリン酸が一緒に真皮層に働くことで、コラーゲンやエラスチンの細胞を増やし、肌の奥からのハリや弾力を甦らせる効果があることも解りました。

この世紀のクロスライセンス契約の仲立ちをした私には、唯一このEXポリリン酸を化粧品に使うことが許されました。現在の製品ラインナップのなかでは、「10YBスキンローション」「トリートメントマスク」「ホワイトクリーム」にすでにEXポリリン酸が配合され、今後徐々に全ての製品に配合されていくことになります。

余談ですが、EXポリリン酸には歯を白くする効果もあります。私の最初の夢であった、ハリウッド女優のような真っ白な歯になる歯磨き粉が、10年の月日を経て改めて開発を進めています。いつの日か、真っ白い歯で新製品をお披露目できることを夢見て。

日本法人の設立、汐留への日本本社の移転

ビバリーヒルズという小さな市場から始まったビーグレンは現在、売り上げの半分以上は、日本に住むお客様のご利用によるものになりました。その日本に住むお客様に、もっともっと喜んでいただくためには、お客様の住む場所と同じところにスタッフを置いて、お客様と一緒に悩み、一緒に感じ、一緒にビーグレンを育てる必要があると感じました。

そこで、日本に進出して3年3ヶ月後の2010年1月、あらためて日本法人を設立しました。ビバリーグレンラボラトリーズ株式会社の誕生です。銀座7丁目にあった東京オフィスを、汐留のイタリア街に移転して東京本社となりました。現在、東京本社は、製品開発企画、PR業務、広告宣伝、薬事申請業務とカスタマーサービスの一部の機能を持っています。

お近くにお越しの際はぜひお気軽にお立ち寄りください。石畳のカフェでラテでも飲みながら、楽しいお話をしませんか?

ビーグレン第二章のスタート

ビーグレンの目標は、会社を大きくすることでも、有名になることでもありません。5年後、10年後に売上金額をいくらにするという経営計画もありません。ですから、株式を上場して株主のためにビジネスをするなど考えてもいません。私はビーグレンを、ケラー博士の浸透テクノロジーに始まり、様々なサイエンステクノロジーを取り入れて、美肌のサイエンス・ソリューションとして比類ないレベルまで高めることをめざしています。

そして、ビーグレンを愛用するアンチエイジングに情熱を注ぐ大人の女性たちが、さらに美しくなることで、自信に満ちあふれた人生を送るお手伝いをさせていただきたいのです。ビーグレンはそうして、10年後、20年後、30年後もずっとそういう存在で居続ける化粧品会社を目指しています。

ビーグレンにはもう1つ目標があります。それは肌の悩みを解決してキレイになりたいという共通の思いでつながった、お客様とスタッフと我々経営者が、同じ目線で集い、一緒に何かを創造し、その達成感を共有し、そして楽しむ、そんなコミュニティーを作ることです。

昨年は、初めてお客様をご招待したティーパーティーを秋に開催しました。スタッフの山田がお客様のためにブレンドしたハーブティーを飲みながら、美容談義に花を咲かせました。

冬には、汐留の夜景のキレイなレストランでケラー博士のセミナー、そして懇親パーティーを開催し、たくさんのお客様に素のケラー博士と交流していただくことができました。秋のティーパーティーでは、ビーグレンにこんなモノを作って欲しいという話で盛り上がりました。そして昨年のクリスマスセールのプレゼントとしてヌーディーベールというスキンケア・保湿下地が生まれました。

また、販売サイトだけでなく、お客様や美容に興味のある人たちに集まっていただく情報のポータルWebサイト、「ビーグレンタイムズ」(略して「ビータイ!」)を昨年オープンしました。リアルでお会いできない時間は、このビータイ上でお客様とスタッフが、またお客様同士が交流できるような、そんな自由な交流サイトにしていこうとスタッフがケンケンガクガク、毎日頑張っています。

そして、今計画しているのは「ビーグレンのお客様と一緒に製品を開発するプロジェクト」(略して「ビープロ!」)。ビーグレンを愛用してくださるお客様に開発スタッフになっていただき、まったく新しい製品を開発するプロジェクトを立ち上げたいと考えています。もちろんケラー博士の浸透テクノロジーを使って。

ビーグレンの第一章は創業者のケラー博士と私を中心に書きましたが、第二章は、既にこうして始まっています。その主人公はもちろんお客様とスタッフです。これからのビーグレンの展開を楽しみにしてください。そしてその輪の中に入ってきてください、本当に楽しいですよ。